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「この人、器大きいなあ」という人の条件。 


 

 

■こんにちは。トゥモローこと、橋口友比古です。

今は、バリ島に来ています。

ボクの友人であり、

これまで19回も渡航されている、

バリ島の達人の田村さんの紹介で、

インターネット上では決して予約のできない、

プライベートヴィラに宿泊しています。

 

■ここ数日はバリ島にしてはめずらしく、

少し雲がかかった空だったのですが、

ヴィラの広いプールにビーチベッドを浮かべて、

仰向けになって水面をプカプカ漂っていると、

流れの速い雲の隙間から、明るい月が覗いて、

なんとも言えない幻想的な時間です。

こういう空気観は、

日本では決して味わえないですね。( ´ ▽ ` )ノ

 

 

 

『器』ってなんだろう?

 

 

 

■さて。

今日は
「器ってなに?」

っていうテーマでお話ししたいと思います。

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■ビジネスをやるときにも、

恋愛をするときにも、

この『器』というものに、

結果が左右されたりします。

考えてみればボクらの人生は、

この『器』という、

目にも見えなければ測定もできない、

よく分からないものにゆだねられているわけで、

このままこの『器』という

謎のものについて考察をせずに

この先の人生を進むのは、

ちょっとした居心地の悪さを感じるわけです。

そもそも器ってなんなのか?
器の大きさは、元々決まっているの?
それとも努力すれば広がるの?

というのが、ボクの問題意識だったわけです。

 

■実際に、誰が見ても明らかに

「器の大きな人」っていますよね。

歴史上の人物で言えば、

「坂本龍馬」だとか
「織田信長」だとかですよね。

個人的には
敗戦を受け入れたときの「昭和天皇」も、

『器が大きな人』というイメージですね。

なにしろ玉音放送の直前、

暗殺されかかっていてもなお、

敗戦に持ち込んだそうですから。

 

■彼らは歴史的にも偉業を成し遂げた大人物なので、

その結果から見ても、
「器が大きい人だったんだろうなあ」

とイメージできます。

また、

日本史に名を残すほどでもなくても、

ボクらの身の回りの人にも、

「この人、器大きいなあ」

と感じることがありますよね。

 

 

 

答えのない、『器』の定義を考える

 

 

 

■ボクらはたしかに、誰かを

「器が大きいなあ」

感じることができるし、

実際、
「器の大きさが人生の質を変えるらしいぞ」

という実感はある

だけれども、

「じゃあ器が大きい人って、どんな人?」

と聞かれると、

万人に共通する答えがない、

っていうところが、

もどかしい部分だったりするわけですね。

 

■「器の大きさ」といったときに、

特定の状況を引き合いに出すことはできます。

例えば、

逆境に瀕したときに毅然と出来る人、だとか

リスクをとっても正しいことが出来る人、

だとかいうように。

でも、「特定の状況」を説明することはできても、

これこそが器が大きいということだ。

というような、絶対的な定義はできない。

ここが悩ましいわけですね。

 

 

 

仮説と検証の末に、ボクの出した結論

 

 

 

■ここをなんとか絶対的な定義みたいなものをしたくて、

この数年、自分なりに仮説と検証を繰り返してみたのですが、

結論が、
「器っていうのは、目に見えないし計測出来ない」

というものでした。

(ここまで引っ張っといて、結論それか、と。(^^;;笑)

 

■ただ、相対的な定義にはなってしまうけれども、

自分なりにしっくり来た定義というのがあって、

その定義というのが、

「より広い範囲の視点から、目の前の判断を出来る人」

というものでした。

より広い範囲というのは、

1、時間軸
2、空間軸

の2つがあります。

 

 

 

時間軸を広く持つ

 

 

 
■1、『時間軸』的に、より広い範囲というのは、

より長いスパンでモノごとを考えられることです。

例えばビジネスの現場。

長いスパンでモノを考えて、

本当にいい人間関係がつくれれば、

その人は自分を応援してくれるようになるし、

タイミングがあえばお客さんにもなってくれるでしょう。

しかし、目の前の金銭しか考えていないと、

いい人間関係の醸成とは考えず、

すぐにセールスにつなげようとしてしまう。

これは長い目で見ればとても大きな損失なのですが、

時間軸の範囲が狭いと、

そのことが理解できません

 

■または、教育の現場。

時間軸の範囲が狭い人が教育する立場に立つと、

なんでもかんでも答えを教えてしまう。

答えを教えてあげることは、

その瞬間は喜んでもらえますが、

長いスパンで考えたら

その人のためになりません。

すぐに答えを知れるということは、

試行錯誤をしないわけですから、

長期的なスパンで見たら、

むしろ相手の可能性の芽を摘むことになってしまうわけです。

 

■もしくは問題が起こったとき

誰かとケンカをしてしまったとき。

そういうときには、その瞬間には、

「イヤだな、話し合いたくないな」
「もうちょっとしたら少しは状況がよくなるんじゃないかな」

と思うものです。

ですが、長い目で見たら、

今この瞬間に問題を解決したほうが、

問題が小さいうちに対応できます。

こういったものが、

1、の『時間軸』的な範囲が広い、

ということです。

 

 

 

空間軸を広く持つ

 

 

 

■2、『空間軸』的に、範囲が広いというのは、

物理的な距離を広くとった

モノごとの考え方ができることです。

例えば、ボクはこうやってバリ島にいることで、

日本という国を客観視することができています。

飛行機の中で、沈んで行く夕陽を見ながら、

「地球は本当にデカいなあ」
「自分は自然から見たら、本当にちっぽけな存在だな」

なんていうふうに思えました。
■そのことによって、

自分がいま成し遂げようとしていることは、

世界から見たら、本当に小さなことである、

と思えるようにもなります。

また、今の自分の、

「小さな人間関係」だけに捕われずに、

より大きな世界に対して、

より大きな発想で対することができるようになるわけです。

 

 

 

ボクらの『器』が顔を出すとき

 

 

 

■その人の器の大きさというのは、

ボクらが生活のいたるところに顔を出しますが、

一番分かりやすいのが、
「人生が絶頂のときと、人生がどん底のとき」

です。

この2つのときに、

その人の本当の顔が出てきます。

自分が本当にキツいときに、

他人に優しく出来る人は、

本当に『器が大きい人』でしょうし、

また、人生が絶好調のときというのは、

調子に乗ってしまい、

大事にするべき人を大事にできなかったりするものです。
■昭和のころ、光GENJIが絶頂のとき、

色紙を持ってきたファンのコに対して、

その色紙につばを吐いて、

「オレのつばだぜ、うれしいだろ」

と言っていた中心人物のMくん。

それを見た、当時デビュー前のSMAPが、

「オレたちは絶対にああはならない。
 どんなに売れても、ファンを大事にするグループにしよう」

という会話をしていた、

という逸話があります。

(本当かどうかは分からないですけどね。うわさ話なので)

だから、その人を知りたければ、
「人生が絶頂のときと、人生がどん底のとき」

を観察することです。

これが最も確実な方法だと思います。

 

■上の例にあげたとおり、

実際問題、この
「人生が絶頂のときと、人生がどん底のとき」

にどう生きていくかで、

人生は大きく違ったものになってしまいます。

 

 

 

広い『器』がもたらす効果

 

 

 
■ボクはみなさんに、

『器』を広げるために、

「より広い範囲でモノごとを考えられる人になろう」

というご提案をしたいわけですが、

実際問題、この方法は、

とても優れた対処術だなあ、と思うのです。

なぜなら、器の大きさが

「人生が絶頂のときと、人生がどん底のとき」に、

現れるとした場合。

より広い範囲で考えられる人は、

今、目の前の絶頂やどん底を、
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
無効にすることができるのです。
^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^
■仮に、他人から見て、

「あの人はいまが人生の絶頂期だ」

と思ったとしても、

自分自身が、

「自分がやっていることは、
 この広い地球の片隅の、
 本当にちっぽけな範囲の、
 特定の人に支持していただいているに過ぎない」

という視点があったとしたら、

目の前の状況は、

絶頂期でもなんでもなくなるわけです。

絶頂期でなければ、

当然、光GENJI状態には陥りません。

 

■逆に、なにか逆境がやってきたとしても、

「あ、これは今後、自分がより良く生きる為の、
 いま取り組むべき試練なんだな」

という捉え方ができるため、

これまた逆境として捉えられなくなるわけです。
■これは、よくできた対処術だとは思いませんか?

この範囲は、広ければ広いほどいいわけです。

いまのことだけを考えてビジネスをやっている人、
10年後を考えて、いま目の前のビジネスをやっている人、
自分が死ぬ瞬間を考えて、いま目の前のビジネスをやっている人。

当然、最後の状態がいいでしょう。

もっと言えば、

100年後、200年後のことを考えて、

今、目の前のことができる人は、

本当にすばらしいことを成し遂げられるでしょう。

 

■もちろん、ボクら一個人が、

本当に実感を持って考えられることには、

限界があるわけですから、

言葉だけで言うのではなく、

『本当にそう思える人になる』

というのが、ボクらが目指すところの、

「器が大きい人になる」

ということなわけです。

では、どうしたら本当にそう思えるようになるのか?

というと、、、

これはもう、

「そうしようと思うこと」

としか言えないですよね。(^^;;

 

■上記で散々言ってきたとおり、

目の前の小銭に飛びつく人は、

長い目で見たときに損をするというのは間違いないわけですが、

でもボクたち人間は、

そんなに強い存在ではありませんよね。

ちょっと小銭が欲しくなるときだってあるわけです。

それが分かってさえいれば、

自覚した上で、戦略的に目の前の小銭をとるのは、

戦略として有効かもしれません。

 

■ただ、本当に自分の『器』を広げたいのなら、

狭い範囲の誘惑に負けず、

「グっ!とガマンすること」

です。

「小銭は取らずに、もっと成長して、
 本当に価値のあることをしよう」

と考えて、広い範囲でモノごとを捉え、

判断をすることです。

「狭い範囲では考えない」

ツラくても、

制約の中で試行錯誤することで、

本当の器が広がっていくわけです。

(まあ、ボクも出来てはいないですけど(^^;;)

ということで、今日は

「器」ってなに??

っていうテーマでした。( ´ ▽ ` )ノ

今回は3週間の滞在なので、

またバリにいる間にメールしますね。\(^o^)/

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